なこちゃんの暇つぶし

日本語不自由

私が友達を無くすまで Mさん編

私は幼稚園までは大阪で暮らし、親の仕事の都合で小学生〜大学中退後しばらくは滋賀県で暮らしていた。

生まれ育った地元というやつなんだと思う。しかし地元には友達が一人もいない。本当である。ツイッターでよくある「友達がいない...ぼっちつらい」とか書いておきながら「地元の友達とごはん食べてる」とか書いてるようなファッションぼっちではない。滋賀県に帰る理由が本当に無いぐらい地元に友達がいない。何故そんなことになってしまったのかをクソ暇なニートの間に思い出し書き起こしてみることにした。誰も得しない。

中学一年生、私は吹奏楽部に入部した。そこで出会ったのがMだった。Mとは同じ楽器(チューバ)だったので一緒に行動するうちに仲良くなった。Mはポケモンのスリープに似ているぽっちゃりな女の子でクラスのヒエラルキーでは一番下な感じの典型的オタク腐女子だった。私もオタクで腐女子だったため仲良くなった。しかしMは吹奏楽部で唾液を拭う用のタオルなどを1カ月洗わなかったりで不潔だったのでそこが生理的に無理だった。なので彼女には一切触れない(物理的に)ようにしていた。

中学生のときの私はなんか偉そうで(厨二病だったんだと思う)、Mを足のように使っていた。気分によっては暴言を吐いたり冷たくしたりしていた。でも仲良くしてくれた。Mは心が広い優しい女の子だったんだと思う。今思えばなんで私と一緒にいてくれたのかよくわからない。本当は一緒にいると楽しかったし嬉しかった、しかし変なところがシャイなのでそういう感情は彼女の前では見せなかった。(三次元のツンデレの需要無し)
2人でよく遊んで、遠出をしてみたり、早朝に散歩をしてみたり、これが親友ってやつなのかな、と嬉しかった。

中学を卒業して、そのとき私は人生の中で一番頭が良かった時期だったので大学付属の進学校へ、Mは勉強が得意ではなかったのでなんかよくわからない商業高校へ進学した。
別々の高校でもたまに連絡をとりあっていた。私は学校に馴染めず、クラスのヒエラルキーの一番下の余り物グループに属していた。友達が一人もいなくて、とても苦痛だった。そのうち家の事情も相まって鬱が加速し登校拒否、入院。Mはお見舞いにきてくれた。他愛もない話をした。本当にいいやつだった。一緒にいて楽しかった。でも素直な気持ちは伝えられなくてやっぱりぶっきらぼうに接してしまった。でも彼女は構ってくれた。

私はどんどんと鬱におかされて薬を何十錠も飲んでほぼ廃人になりながらも授業だけは出席してなんとかギリギリで高校を卒業した。
高校生活は地獄でしかなかった。結局高校では友達も一人もできなかった。卒業式は誰よりも先に帰った。

その頃にはMとは疎遠になっていた。連絡もだんだん来なくなった。
"就職活動とかあるもんなあ"と寂しい自分を誤魔化した。

成人式、私はひとりだった。手持ち無沙汰なまま会場を歩いていると、人がごった返す中でMを見つけた。
彼女はMの高校の友達に囲まれていた。きらきらと楽しそうだった。Mが私に気づき手を振る。近づいてくる。

私は、その場から逃げ出した。
私の存在はMの中ではもうどうでもいい存在になっていたことを感じた。連絡がこなくなったのも、私から連絡してもなんだか距離を感じたのも、きっと彼女は高校に自分の居場所を、素敵な仲間たちを見つけたのだと、悲しくなって逃げた。私は彼女にとって一番の友達でありたかった。自分の気持ちが伝えられなくて暴言を吐いたりして、彼女のことを何回も傷つけただろうに、私は彼女の中での大きな存在でいたかった。馬鹿である。

成人式の会場には30分もいなかった。着付けに数時間もかけて、こんなことなら来なければよかったと、自分は何に期待していたのかと、後悔した。
Mに酷いこともしてしまった。
本当は話しかけたかった。
謝らなくてはいけない、と携帯を開き、Mに謝罪のメールをうつ。送信する。返事が来る。

"あなたのことが理解できない。もう関わらないでほしい。"

そりゃそうだよな、と思った。
私は友達を失った。