なこちゃんの暇つぶし

日本語不自由

Aさんと私の話

私がまだ完全なるメンヘラではなく、人生で1番頭が良かった中学3年生の頃。私は高校受験戦争に勝ち、某私立大学付属高校に進学した。建てられて間も無かったため、漫画に出てくるような設備が整った校舎であった。私はこの綺麗な校舎で、キラキラとした高校生活が送れるのだと胸を躍らせていた。設備が良い故に、学費は高かったので金持ちの家庭の生徒が多かった。私の家はけしてお金持ちではなかったが、当時父親が大手企業に勤めていたために学費を払えるお金ぐらいはあった。(もうその頃には父親は密かに多額の借金を抱えていたのだが)

新学期が始まってしばらくしてから、常に行動を共にする"仲良しグループ"ができていた。私は運良く"余りの人間が惰性で集まっているグループ"ではなく、クラスのヒエラルキーで言うと真ん中ぐらいのグループに属すことができていた。しかしなんとなくそのグループに馴染めていなくて、自分の地位のためだけにくっついていた。
そのグループは、私を含め7人の女子で形成されていた。その中でAさんという女の子とは唯一仲が良かった。Aさんは頭が良く、可愛くて、少しぽちゃっとした、笑顔の素敵な女の子だった。性格も穏やかで、まさしく"良い子"という感じであった。Aさんが居れば、私はなんとかこの学校生活を乗り切れるかもしれない、そんな勝手なことを考えていた。しかしその考えは甘かった。Aさんは1年間のイギリス留学を決めていた。私の高校は希望制の留学制度があったのだ。彼女は高校1年生の前期の終わりに、イギリス留学へ行ってしまった。
残された私は、グループに属しながらも孤独感を感じながら学校生活を送った。無駄に難しい授業、無駄に多い宿題、週4回毎朝行われる小テスト、土曜日には絶対参加のボランティア活動、どれかひとつでもサボれば単位は貰えない。大学進学もできなくなる。私は必死に通学した。"楽しい充実した学校生活である"と思い込ませていた。

高校1年生の終わり、父親がいきなり会社を辞めた。元々不仲だった母親と父親の仲は修復できないほどのものとなり、別居状態になった。私はとうとう限界を迎えて、いつの間にかちゃんと学校に行けなくなった。心療内科へ本格的に通い始めた。
パソコンでネットラジオを配信し、早朝までネットラジオ界隈の人たちとスカイプをする日々。学校には、父親(実質ニートである)が毎朝車で保健室の裏口まで送ってくれたためになんとか登校できていた。とはいっても朝方までネットをしてろくに睡眠もしていなかったので保健室でずっと寝ていた。高校1年生の終わりの頃にはずっとその生活を続けていた。冬休みを利用して閉鎖病棟に入院したが症状は良くならなかった。
もちろん、クラス内の"グループ"の方々は心配などもしてくれず、保健室へ会いにもきてくれない。1人になりたく無いだけの友達ごっこ。

そんな状態でも、私はイギリス留学中のAさんたまにメールをしていた。慣れない環境での生活に加え、ホームステイ、学校の課題などもあるようで、彼女も追い詰められているようだった。私も自分の近況をメールに書いた。お互い慰めあい、励ましあった。長文のメールは、途切れずにゆっくりと続いた。イギリスから帰ってきたら遊ぼう、と約束をした。早く帰ってこないかな、と私はそわそわした。Aさんも「私に会いたい」と言ってくれた。

高校2年生。あっという間に春が来た。私は単位をとるために死に物狂いで学校へ登校し授業に出席していた。高校1年生の初めの頃の学力テストの順位よりも遥かに下の順位。成績表にはお情けの数字が並ぶ。ネット中毒になっていた私はネットに救いを求め、2時間睡眠で登校し、処方された大量の抗鬱剤を飲む生活していた。死にたい、と毎日思った。

高校2年生の前期が終わり、Aさんが帰国した。待ち焦がれていたことだ。Aさんとは違うクラスだったが、私のクラスにはAさんと仲の良かった子がいたため、Aさんはたまに私のクラスに遊びに来ていた。迷わずAさんに話しかける。
違和感。なんとも言えない違和感を感じた。久々に会ったから、というわけでもない。なんだか本当に"他人"と話しているような違和感。私はAさんに話しかけ辛くなった。Aさんもなんだか気まずそうにしていた。いつの間にか、お互い廊下ですれ違ったときに手を振りあうだけの関係になってしまっていた。

季節は流れて2月14日バレンタイン。教室は"友チョコ"を交換しあう女子たちで賑わっていた。友達のいない私には関係のないことだった。"羨ましくなんかない。羨ましくなんかない。羨ましくなんかない。"心の中で呟き続けた。
教室をぼうっと眺めていると、紙袋を持ったAさんが視界に現れた。きっと中身は"友チョコ"だ。
もしかしたら、わたしにも、

AさんはAさんの友達と"友チョコ"を楽しそうに交換しあい、そのまま自分のクラスへと帰っていった。私はただの背景だった。

わかりきっていたことなのに、少しでも期待してしまった自分が惨めだった。そして、Aさんへの理不尽な怒りがこみ上げてきた。
メールでお互いの悩みを長文で送りあったあの日々はなんだったのか。他のやつらなんてAさんにメールすら送ってなかったくせに。Aさんが帰ってきた途端チヤホヤしやがって。なんだったんだ。なんだったんだいったい。全部嘘だったのか。私だけが、一方的に彼女のことを思っていたのか。Aさんは変わってしまったんだ。結局"友達ごっこ"だったのだ。良いように使われただけ。自己の承認欲求を満たすためだけに!

鏡を見る。不規則な生活のせいで荒れた肌、酷いクマ。大量の抗鬱剤のせいで浮腫んだ顔、運動もせずネットをし続けて太った体。母親に「全てを敵に思っているような怖い近寄りがたいオーラが出ている」とも言われた。死にたいと思い続け人を僻み続け歪んだ思考。
変わったのは私だった。